教育・文化・スポーツ

境町の歴史

境町は水との深い関わりをもって時を刻んできました。縄文時代の頃にはすでに旧長井戸沼や旧一の谷沼などの沿岸に人が住み付き、今でもその近辺には貝塚や土器・石器等を含んだ住居跡などの遺跡が数多く残っています。また古墳時代には、当町にも多くの古墳が造られました。そのほとんどは消失しましたが、横塚の「毘沙門塚古墳」、浦向の「沼台塚古墳」、金岡の「八龍神塚古墳」、百戸の「ふき山古墳」など、幾つかは現存しています。ちなみに、境町歴史民俗資料館に展示してある「馬形埴輪」は「ふき山古墳」の付近より出土したものです。中世の遺跡としては、「稲尾城址」、「長井戸城址」、若林の「堀江侯館跡」などが見られます。江戸時代に入ると、鬼怒川や利根川・江戸川などを利用した水運の拠点のひとつである「境河岸」が形成され、町に繁栄をもたらしました。その様子は「小松原家文書」などの古文書から伺い知ることが出来ます。

多くの利益や情報・文化をもたらした「坂東太郎」利根川は、また一転人々を苦しめる元凶にもなりました。大きいものでは明治43年8月の大水、昭和22年9月のカスリン台風などの水禍があり、甚大な被害を引き起こしたことは今なお風化することなく生々しい記憶として語り継がれています。このような水害の恐れはほぼ解消されましたが、現在の境町は、首都圏の機能を果たすべく交通網の整備や商工業の拡大、農産物、特産物の充実、市町村の合併など、新たな課題に取り組んでいます。

紫峰筑波を背に悠々たる利根川の彼方に浮かぶ富士の山、関宿城などを見つめ、健やかな生活を送れることに先人への感謝を忘れず、また残してくれた文化・歴史遺産を大切に保存・活用し、さらに豊かな町づくりをめざし一人一人努力して行くことが、今を生きる私たちの責務ではないでしょうか。

『馬形埴輪の画像です。』の画像

馬形埴輪

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境河岸

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明治の大水

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このページに関するお問い合わせは歴史民俗資料館です。

歴史民俗資料館 〒306-0431 茨城県猿島郡境町大字西泉田1326-1

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  • 2016年3月7日
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